2000年頃MFER委員会(当時はこのような名称ではありませんでしたが)では、心電図、脳波、モニタリング波形等の利用できる標準について考えていました。当然、HL7、DICOM、SCP-ECGや多くの標準について採用の検討を行ってきました。しかしいずれの規格も多くの課題、問題があり、普及に至っていないことが分かりました、その問題は
(1). 通信に特化している(HL7 V2 waveform):利用に際しては、送信側が各社の独自書式の波形データを通信仕様にあわせて(HL7 V2のWaveform)変換し、受信側は受信側の書式に変換します(もちろんHL7のままで保管し利用することも可能です)。HL7ではどのような波形でも記述できる半面、各社の特長ある仕様から標準へ削る必要がったり、時にはメーカの特長ある仕様を記述できないこともあります。また受信側でも変換作業が発生しますので同じような機能の欠落という状況が発生します。その上、この波形処理には、それぞれの波形毎に特殊な専門知識が必要になり、送信側も受信側も十分な専門知識、通信の知識が無いと利用できません
(2). 12誘導心電図のみの記述(SCP-ECG):SCP-ECGの開発は早く1993年にはその骨子ができています。その頃はメモリも小さく高価で通信速度も遅く、フロッピーディスクにどれだけ保存できるか、低速のRS232でどれだけ早く送れるか、ということが重要で圧縮などの工夫が要求されていた時代でした。SCP-ECGはQRSなどの急峻波形と基線部などの変化が緩やかな部分で、代表波形を抽出し差分をとったり、フィルタ処理やサンプリング周波数を変えて再処理を行う等で高圧縮を実現しました。また低レベルの通信などを意識したため、独自でCRCの実装を行いフォーマットの書式確認を行うことになっています。また、その頃は自動診断性能を比較する目的などで、先発メーカのメーカコード(後に一般名でも記述できるようになりましたが)多くの項目に標準化が図られた結果、実装検証が複雑になり、逆にメーカの特長を犠牲にする仕様になってしまいました。また安静時12誘導心電図に特化したために、種々の要求が犠牲になり、たとえば心電図が約1分しか記述できないとか、線形性の確認が難しくなってしまいました
(3). 大きな規格仕様と細部を規定しすぎている(DICOM):医用波形の標準化を検討していたころ(2000年前後) DICOMではwaveformの規格化が進められていました。主として心カテなどの波形を記述することに主眼が置かれ、市場からの要求でホルター心電図などの仕様も規格に吸収されました。DICOMでは特に詳細な規格化が重要になりますが、規格の巨大さとDICOMが要求する厳密さとによる、規格制定の手続きは負荷が大きい上、臨床・研究分野には放射線科以外にも「多くの医用波形があり、医学分野には多くの種類の医用波形や検査などがあり、これらのDICOM規格として規定することが不可欠です。しかし、これらの製品価格や市場の状況を考えると、費用面もパワー的にもDICOM化は困難であると考えられました。現実に多様な仕様や要求を実現することはできず、標準12誘導心電図に至っても極めて限定した機能のみ実装されています(13チャネルの心電図波形と13秒程度の記述等)
一方、医用波形を扱うには次のような条件が必要です
(1). 波形の記述は多様である:最もよく利用されている医用波形には心電図があります。その中で日常利用されている波形は安静時12誘導心電図です。この安静時12誘導心電図は、通常四肢誘導(I、II、III、aVR、aVL、avF)と胸部誘導(V1、V2、V3、V4、V5、V6)の心電図を短時間(10秒や15秒程度)記録するのが大半です。しかし、必要に応じて、胸部誘導を拡張(例えばV3R、V4RやV7、V8等)する必要がある場合あります。また通常なら10秒程度の記録でも必要な場合は数分以上記録する場合もあります。またカブレラ誘導のようにaVRの逆極性の-aVRや波形の順序を変更して記録される場合もあります。この12誘導心電図で代表的な部分(P-QRS-T)を切り出して記録することや、運動等の負荷をかけて記録する場合もあります。またICUや手術場などでモニタリング波形の一環として記録される場合もあります。12誘導心電図だけでもこのような多様な要件があり、これらは臨床上不可欠でいずれも無視することは許されません
(2). 波形の記録方法や組合せ:それぞれの波形を単独で利用される場合もありますが、組み合わせて利用されること多くあります。例えば血圧波形、脈波、心音図、脳波と心電図を同時に記録する必要があります。またそれらは短時間の検査の場合もありますが、ホルター心電図のように24時間以上記録される場合もあります。さらにホルター心電図は24時間の記録データのように完結した時間の記録もありますし、同じような波形であってもモニタリング波形のように、波形が時々刻々追加記録されるような利用もあります。最新の心電計の多くは、四肢誘導はI 、II誘導のみ記録し残りの四肢誘導は利用時に演算で処理されます。これを確実に容易に行うには、確実な同期と記録の線形性が不可欠で、さらに各誘導の記録条件が一致している確認が必要です。このような記述の際には全てのチャネルが同一条件、同期表現で記録されるほうが処理が簡単です。このように、種々の利用状態を考え、かつ同一の規格で処理できたほうが楽であることはいうまでもありません
(3). 電子化のメリットとデメリット:電子的に記述され保存されたデータは表示、記録されますが、表示装置あるいは記録装置の性能、機能により従来診療で利用していた品質あるいは要件が満たされないことがあります。コンピュータ装置を含む表示装置では解像度や表示色、性能により利用する医用波形の質が診断に影響を与えることがあります。例えば心電図では、心電図の要求解像度より表示能力が劣るため、P波やSTなどの解像度が足りず診断に大きな影響を与えることがあります。また表示装置、記録装置が心電計の要求(1mV/1cm、1秒/1cm)のような精度が困難で、そのために診断に影響が出ます。このような性能不足を補うためには、たとえば拡大表示機能や、スケールなどの測定機能が必要になることもあります。一方電子的に原本を保存している場合には、フィルタ処理や加工処理が行っても、いつでも原本に戻すことができるため、フィルタ処理や表示加工処理は自由にできます。標準規約には、従来の紙上で行われていたものを単に電子的にするだけでなく、このようなこと電子化メリットを十分考慮した規格が必要になります。
(4). 臨床から研究、教育まで広く活用できること:日常の臨床現場で医用波形を電子的に活用できることはいうまでもありませんが、研究や教育などにおいても電子化が必要です。さらにこれらの医用波形データが日常の臨床現場で収集されたものを研究や教育で一貫して利用できることが理想です。そのためには、波形が正確に歪なく記述され、さらに目的によっては十分な匿名化が必要になります。このような仕様、仕組みがなければなりません
(5). 専門的な知識が必要です:医用波形を扱うには、医学的知識、信号処理知識そして波形・目的毎に特化した特殊な専門的知識が必要です。医学的な知識は臨床医や基礎研究者が熟知していますし、信号処理については最近では一般の工学分野で充実していますので、専門家の獲得も、担当者が修得することも容易でしょう。しかし、波形毎の処理は、それぞれの分野の研究者やメーカのエンジニアの知識、ノウハウとして習得され、各メーカでは特長ある独自の処理が行われています。これを一般広く標準化し実現することは困難です。画像のJPEGやMPEGなどの処理、知識がなければ画像を扱うことができないとすれば、ディジタルカメラはこれほど普及しなかったでしょう。それらの処理が画像処理を専門とする人々に委ねられたからこそ、広く一般に活用されてきたのです。医用波形も利用者全てにその処理を要求すれば、とても利用されないし普及されないでしょう。したがって、各医用波形の専門家にその処理を委ね、たとえば医用情報システムに利用する場合は、医療情報システムの専門家が、医用波形の専門家に処理を委ねたうえで医療情報として活用することが重要だと考えています